子供がコケた後のあの「間」について考える

子供がコケる姿は一日に何度も見かけますが、その後のリアクションはまちまちです。

泣きじゃくる子供、何もなかったかのように立ち上がる子供、色々います。

でも、彼らには一つの共通点があるのです。それは何かというと・・・

「コケた後、次の行動に移るまでに数秒の間がある」

これです。

子供がコケるのを見ると、私はまず親の方を見てしまいます。大体「あー泣くぞー」って言います。そして固唾を飲んで見守ります。そしてその回答がすぐに出てくるわけです。大抵は泣きます。

この「間」は何なのでしょうか。仮説を立ててみることにしました。

仮説①)走馬灯説

いきなり大胆な仮説が出てきました。
しかし何の根拠もなく説を提唱しているわけではありません。この仮説は、以下の根拠をもとに立てられました。

・未成熟な子供にとって、コケるという事象は死に繋がる可能性がある

・子供は思い出が少ない

つまり、子供がコケるというのは臨死体験であり、走馬灯を短く数秒で終えたということになるわけですね。

しかし、実際にコケて死んだ子供の話など聞いたこともないので、臨死体験に説得力がなく、この仮設は棄却されました。

仮説②)認識力が未発達説

そしてまともな仮説に戻りました。構成がセオリーに従ってないですね。

これは、自分がコケたことを認識したことで泣いたということです。「痛い」と言うより、「悲しい」という気持ちなのではないかということです。

「嗚呼、何もないところで転けるという醜態を晒す自身の情けなさや!」

と思い至るまでの間がこれなのではないかと。子供は認識力が発達していないので、時間がかかるというわけですね。

この仮説はなかなかいい線をついているのではないでしょうか。
検証を進める価値はありそうですね。

でもやりません。

なぜなら、この記事は答えを出すことは目的ではないからです。

仮説③)子供=みのもんた説

答えを出すまでに間があくと言って思い出すのは、そうです、クイズミリオネアです。みのです。

つまり、あの「間」によって親にドキドキ感を与えている、子供のエンターテイナー精神なのではないかという仮説です。

泣きそうになりながらこらえたとき、それはもはや1000万円に値する価値というわけですね。まあ、だいたい泣きますが。

ということで、3つほど仮説を挙げてみました。

どの仮説が正解かは、オーディエンスで決めたいと思います。

※ちなみに、麻雀で間を置いて鳴くと嫌われるのでやめましょうね。

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